『瞼のひと』

ひと月ほど前。寒いある日。年配のご夫婦が傷みの激しい本をレジに持っていらした。値札を確認するため後ろから数ページをパラパラめくると、たどたどしい文字の鉛筆書きが目に入った。

「はかれる日 かなしく思う、、、、、、、」

はかれる日って何だろう。

お客様には「書き込みがありますね、、、」と言いつつ、続きを目で追う。私の手が止まったのを見て、ご主人の方が気を遣ってか「鉛筆だから消せますよ」とおっしゃった。会計しながら、書いてあることを目に焼き付ける。そして、「消さないで下さい」と二人にお願いした。

はかれる日 かなしく思う

そかいのためだ そかいのためだ

さようなら

昭和十九年○月○日 ○○○子

「はかれる」は「わかれる(別れる)」だった。

書き出しの「わ」音なのに「は」が使われていて、当時なら「思ふ」「さよふなら」と書かれそうな部分が、「思う」「さようなら」と書いてあった。拙い文字の具合や仮名遣いの自由さから察するに、小学校4、5年生くらいか。別れに際して親密な誰かへ贈ったものか、はたまた、離れがたい気持ちを日記のように書き留めたものか。

本は室生犀星の『瞼のひと』(昭和17年 偕成社)だった。

せせらぎ通り店を始めて今年の3月で6年になろうとしています。この6年の間に、店の棚に並んでいた数多くの本がほうぼうに行ってしまいました。もっとよく見ておけば良かったと後悔している本があり、もう二度と手に取ることができないだろうなと思い出す本もあります。

(くらしのためだ くらしのためだ さようなら)

昨年末にあったこの出来事をきっかけに、私の「瞼の本」について書いてみようと思いました。今はここにあるけれど、いつかどこかへ行ってしまう本のことも。

人から人へと渡っていく本の通過点の覚え書きとして、気軽に書いていきたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。

2017年1月7日(土)